名もなき日記

A complete unknown diary

面白がるのもいいが

「面白がる」という言葉をよく見る。面白いものを見れば普通に「面白い」と思うだろうけど、本来なら面白くもないものに面白さを見つける姿勢を「面白がる」と言うのだろう。「おもしろき こともなき世を おもしろく」というやつだな。どちらかというと自分には距離が感じられる言葉である。面白くないことにはそれなりの面白くない理由があって、それを意図的に反転させるというのがどうも自分には馴染めないのである。面白くもないものにははっきりと、面白くねえ、と言いたい。

面白がるという言い方には、本来は面白くも何ともないものを自分が面白くしてやっているのだ、という意識が感じられる。自分にそこまでの勢いはない。面白くもないものなんか見たくもないのだ。面白くない文章だってネットにはいくらでも転がっていて、開いた記事が何の読みどころもない空疎なものだったりすると、またつまらぬものを開いてしまった、と心が削れてしまう。だから、そもそも面白くないものは見るのも嫌で、それを面白がるなんてことは自分にはできない。

ただ、一般に見過ごされているようなものに面白さを感じることはできる。ことさら「面白いですよ」と目立つ場所に置かれたものでない、何か道ばたに落ちているようなひっそりとした面白いものを見つける。こういうものなら自分も積極的に見つけたいと思う。意識的に「面白がる」のではなく、元から面白いのだけど人目に付かないものを見つけるのである。そういうものにわたしはなりたい。